2010年06月30日

快進撃に主将・長谷部あり!落ち着きと献身性でチーム支える

快進撃に主将・長谷部あり!落ち着きと献身性でチーム支える6月30日 16時56分配信(夕刊フジ)
 このPKが決まれば日本の負け−。パラグアイ5人目のキッカーがボールを置くと、肩を組んでPK戦を見守ってきた青きサムライたちは、全員が膝立ちになって最後のシーンを見届けた。

 唯一の失敗キッカーとなったDF駒野友一(28)は号泣。悔しすぎる敗戦直後、岡田監督は「今ちょっと、日本のサッカー界まで考える余裕ないです」と燃え尽きた感を隠せなかった。

 だがW杯直前に“代打主将”に任命されたMF長谷部誠(26)=ウォルフスブルク=の言動は、これまでのプレー同様に、落ち着きと献身性に満ちていた。

 「このチームメートとコーチングスタッフ、みんなでW杯を戦えてよかった。勝てなかったが、日本で応援してくれた皆さんに気持ちは見せられたと思う。僕たちの強みはチームワーク。チームとして戦うことを見せられたんじゃないか」

 チーム状態がどん底だった5月30日のイングランドとの強化試合、DF中沢に代わり初めてキャプテンマークを巻いた。

 関係者は「中沢は岡田監督が横浜M時代に主将に任命して優勝した間柄だ。当時は信頼感も薄れ、中沢も精神的に目一杯だった。主将を変えて流れを変えようにも、主力選手は個人主義者ばかり。そこでどこの派閥にも属さず『人畜無害』だが、誰もがドイツでの実績には一目を置く長谷部に白羽の矢が立った」と明かす。

 長谷部は最後まで微笑みを絶やさず、「僕は何もしてない。今でもゲームキャプテンは中沢さんだと思ってる」と謙遜したが、最後のメッセージにも人柄がにじむ。

 「みなさんの応援が力になり、感謝してます。次は、ほとんどの選手がJリーグでプレーしてるんで、足を運んで盛り上げてもらいたい」

 日本がW杯初出場を決めた1998年、「ジョホールバールの歓喜」の後で、立役者の中田英寿氏(当時は湘南所属)も「Jリーグも盛り上げてください」と訴えた。

 12年後、中田氏がいない初めてのW杯でも、主将はしっかりとその魂を受け継いでいた。代表OBも「本人はドイツでばりばりのレギュラーなのに、なかなか言えることじゃない」と絶賛。低い下馬評を覆す快進撃は、長谷部主将抜きにはあり得なかった。


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長谷部誠(はせべ まこと、1984年1月18日 - )は、静岡県島田市生まれ、藤枝市出身のサッカー選手。ポジションはMF。ブンデスリーガ1部、VfLヴォルフスブルク所属。2006年から日本代表に選出されている

本来のポジションは中盤の攻撃的MFだが、守備的MFやサイドハーフもそつなくこなす。ヴォルフスブルクではサイドアタッカーやサイドバックも任される。

最大の武器は低い位置からペナルティエリア内へと侵入する切れ味鋭いドリブル。相手チームの守備の網をスルスルと突破し、決定的なスルーパスやミドルレンジからのシュートを繰り出す。長距離をドリブルして突破する能力が高く、2004年のジュビロ磐田戦の後半ロスタイムや2005年天皇杯準決勝・大宮アルディージャ戦の延長戦前半などでは、疲れをものともしない高速かつ巧みなドリブルで独走してシュートを決めるという、印象的なプレーを見せている。

運動量が豊富で、フリーランニングや守備に非常に献身的。特にヴォルフスブルク移籍後はチェックの強さや素早いカバーリングなど、守備の能力が年々向上している。代表の試合データではチーム1位、2位を争う運動量を誇る。 鋭いパスを駆使し、下がり目から攻撃のスイッチを入れることもでき、岡田監督からはコンビを組む遠藤と共にチームの心臓と評された

長谷部誠 - Wikipedia

★★★

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posted by ぴか at 18:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー

6/30(水)・・・どうだった??

posted by ぴか at 06:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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