2011年03月28日

東日本大震災 無洗米に注文殺到 和歌山の加工工場フル稼働

東日本大震災 無洗米に注文殺到 和歌山の加工工場フル稼働産経新聞 3月28日(月)7時57分配信

 東日本大震災の影響で、とがずに炊ける無洗米に注文が殺到している。東洋精米機製作所(和歌山市)の加工会社「トーヨーライス」は最大3倍の増産態勢で、和歌山工場と関東工場(埼玉県)はフル稼働で生産している。 

 同製作所によると震災発生の11日以降、首都圏を中心に取引先からの発注が急増。ふだんは月約500トンを生産する和歌山工場で約1・5倍、月約1千トンの関東工場では約3倍のペースという。ただ、関東工場は東京電力の計画停電地域のため日中だけでは追いつかず、現在は24時間操業。和歌山工場から応援の従業員約20人を派遣しているという。

 取引先の多くは販売業者や加工業者のため、米の流通先は不明だが、同製作所は被災地への救援物資や備蓄用の買いだめに供給されているとみている。

 同製作所では、社員2人が宮城県南三陸町の避難所で無洗米700キロを持参して炊きだし。関博行・企画部長は「『食べ物があって初めて家族の捜索や片づけができる』と被災者からの声を聞く。無洗米が必要とされる今、社員総出で対応する」と話している。


KAT‐TUN田中 1人で宮城入り
スピッツ・草野、急性ストレス障害で3週間療養 全国ツアー4公演見送り

東北は初戦敗退…昨春4強の大垣日大が2回戦へ/センバツ


posted by ぴか at 19:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

東京電力 1週間もトップ不在 清水社長の体調不良

東京電力 1週間もトップ不在 清水社長の体調不良毎日新聞 3月28日(月)2時30分配信

東京電力の清水正孝社長

 東京電力の清水正孝社長(66)が福島第1原発事故発生後の今月16日から約1週間、体調不良で職務を離れていたことが27日、明らかになった。過労が原因で、最終の意思決定は担当副社長が代行する状態が続いていた。現在は回復して職務に復帰しており、今後開く会見で事故や計画停電について改めて謝罪する方向で調整している。

 東電は地震発生の11日に清水氏をトップとする対策本部を設置。15日には菅直人首相を本部長とする政府と東電の統合対策本部が設置され、清水氏は海江田万里経済産業相とともに副本部長に就き、「2人で同時に情報を受けて一体となって対応する」(枝野幸男官房長官)ことになっていた。

 関係者によると、清水氏は震災後ほぼ不眠不休で対応に追われ、体調を崩した。入院はせずに東電本店で医師の治療を受けていたが、その間、原発事故対応は原子力担当の武藤栄副社長、計画停電の運用は藤本孝副社長がそれぞれ陣頭指揮を執った。東電広報部は「(清水氏は)対策本部は離れたが、本店内で情報収集し、指示を出していた」と説明しているが、実際には「ほぼ寝たきりの安静状態」(東電幹部)で、実質的にトップ不在の状態だった。

 原発事故や計画停電の対応を巡っては、関係閣僚が頻繁に会見を開く一方、清水社長が公の場に姿を見せたのは計画停電の実施を発表した13日の会見のみ。原子力事故の国際評価尺度でレベル5とされた際も「極めて重く受け止めている」との談話を発表するにとどめており、社長が説明責任を果たしていないとの批判も出ていた。【三沢耕平、山本明彦】

KAT‐TUN田中 1人で宮城入り
スピッツ・草野、急性ストレス障害で3週間療養 全国ツアー4公演見送り

東北は初戦敗退…昨春4強の大垣日大が2回戦へ/センバツ
posted by ぴか at 19:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

県外ボランティアほしいのに 燃料・食料なく持参者限定

県外ボランティアほしいのに 燃料・食料なく持参者限定asahi.com(朝日新聞社):

 東日本大震の被災地で、被害を受けた家の片付けを始める人が増え、ボランティアへのニーズが高まっている。被災地の外から「支援したい」という希望者も多いが、被害の大きかった地域ではガソリンや食料などが不足し、県外からは受け付けていないところがほとんど。人手はほしいのに受け入れられないジレンマの中、地元のボランティアには疲れもにじむ。

 津波で川から泥があふれ出した宮城県東松島市の赤井地区。26日午後、ひとり暮らしの女性(52)の家に、5人のボランティアが訪れた。4人は地元の若者たちだ。

 10センチほど積もった泥が家の周囲を覆い、家の中で倒れた家具は泥まみれ。泥をよけて通路を作り、水を吸った畳や家具を運び出す。2時間ほどでようやく1階の床が見える程度になった。「1人では無理。なんと感謝していいか」。女性は涙を浮かべ、頭を深々と下げた。

 同市の災害ボランティアセンターには、家の片付けを手伝ってほしいといった要望が相次ぎ、順番待ちの状態だ。それでも、ホームページには「現在は市内のボランティアで対応しています」の文字。ガソリンや食料を持参した人だけ、受け入れているという。「人手はほしいけど、地元の生活を圧迫しては意味がない」と、スタッフの一人は話す。

 宮城県災害ボランティアセンターによると、27日現在、14市町で災害ボランティアセンターができたが、県外から受け入れているところは少ない。首都圏などからの問い合わせは多いが、「ガソリンや食料を自分で調達して」と強調している。

 受け入れ側の調整力にも限界がある。

 当初、県外からも受け付けていた名取市では、ボランティア希望者が増えたため、25日から県内限定に切り替えた。希望者が多すぎると、調整ができなくなってしまうためだ。「今はバランスが取れている」と我妻諭・災害ボランティアセンター長は言う。

ただ、活動を始めて9日目になるという仙台市の大学生(21)は「現場は人が足りない。疲れも出てきた。これからはもっと県外からの助けがいると思う」と漏らす。

 被害が大きく、助けを必要としている地域ほど、受け入れも遅れている。

 気仙沼市では、ボランティア受け入れを担う市社会福祉協議会の建物が津波にのみこまれ、資料も水没した。公共施設のほとんどが避難所になり、最近ようやく市の健康管理センターの一室に事務所を設置。28日にも受け入れを始められるよう準備しているが、パソコンやファクスも、作業に必要な長靴やスコップもない。当面は道具を持参できる市内在住者に限り、避難所での要望の聞き取りや、支援物資の仕分けなどを手伝ってもらう予定だという。

 同協議会の菊田迅人事務局長(50)は「支援したい人も、支援を必要としている人も、大勢いるのはわかっている。でも半壊状態の建物は倒壊の危険性もあり、ボランティアが入れる状況ではない」と苦しい胸の内を明かす。

 宮城県に常駐する内閣府の阿久津幸彦政務官は「阪神大震災の時などと比べ、ボランティア対策は遅れている」と認める。「規模が大きすぎることや、ガソリンなどが足りないことが原因。ただ、自衛隊の活動が一段落した後、必ず力が必要になる」(仲村和代、三浦英之、杉浦幹治)

東北は初戦敗退…昨春4強の大垣日大が2回戦へ/センバツ
posted by ぴか at 17:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。