2010年04月07日

巨人・阿部「受け入れられない」,巨人・木村拓也コーチが7日未明死去

巨人・阿部「受け入れられない」4月7日13時15分配信 デイリースポーツ

 木村内野守備走塁コーチの早すぎる死に、選手も動揺を隠せなかった。

主将の阿部は芦屋市内の宿舎で「広報の方から聞いたときは受け入れられないというか、本当なのかというのが正直な気持ちでした」と神妙な面持ちで話した。今後のシーズンに向けては「拓さんの気持ちの分までやるしかない」と、必死に前を向いた。

 また清武球団代表は、今月23日から東京ドームで行われる広島3連戦のうち1試合を、追悼試合にすることを明かした。そのときに、ファンとともにお別れの会を行う予定。

巨人・木村拓也コーチが7日未明死去 
 
 巨人木村拓也内野守備走塁コーチが7日午前3時22分、くも膜下出血のため、広島市内の病院で亡くなった。

37歳だった。

木村さんは2日のマツダスタジアムで行われた広島戦の試合前、シートノック中に倒れ、すぐに広島市内の病院へ搬送されたが、意識不明の状態が続いていた。

 兵庫・芦屋市内の宿舎で会見を開いた原監督は「何とか奇跡を起こして欲しい。それだけを思っていた。しかしかなうことはなかった。非常に残念です」と、ハンカチで涙をふきながら語った。

 通夜は9日午後6時半から、葬儀・告別式は10日午前11時から広島市西区南観音8の10の8、平安祭典広島会館で。喪主は妻由美子(ゆみこ)さん。

(2010年4月7日)

クモ膜下出血(くもまくかしゅっけつ、くもまっかしゅっけつ、蜘蛛膜下出血、subarachnoid hemorrhage (SAH))は、クモ膜と軟膜の間の空間「クモ膜下腔」に出血が生じ、脳脊髄液中に血液が混入した状態をいう。全脳卒中の8%を占め、突然死の6.6%がこれに該当すると言われ、高齢者よりむしろ壮年期の人に多いとされる。また一度起こると再発しやすいという特徴があるクモ膜下出血 - Wikipedia

1. くも膜下出血とは?

. 脳動脈瘤のいま?くも膜下出血の原因、脳動脈瘤
. くも膜下出血の治療
. くも膜下出血

木村拓也(きむら たくや、1972年4月15日 - 2010年4月7日)は、元プロ野球選手(内野手)。引退後は読売ジャイアンツの内野守備走塁コーチになった。愛称はキムタク。

現役時代はユーティリティープレイヤーとして活躍。

高校時代は捕手を務め、宮崎県立宮崎南高等学校では1年夏の甲子園で1勝、3年春には5打席連続三塁打、高校通算35本塁打の記録を持つ。遠投120mの強肩捕手として鳴らしていた。父親は旧・田野町の町議会議員を長く務めた地元の名士である[

1990年にドラフト外で日本ハムファイターズに入団。しかし、開幕時の支配下選手登録枠であった60人(当時。2010年現在は70人)から漏れ、一度は任意引退選手扱いとなったことがある。

1992年に俊足と強肩を買われて外野手に転向

木村拓也 - Wikipedia


posted by ぴか at 17:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース
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